事例体験から学びたい!

不足を嘆くより、そのことにも感謝できる自分への転換を!!

1.障害を抱えながらも希望を持ち続けた偉人たち

 私はある想いがあって「目が不自由でありながら、偉業を成し遂げた方と言えば誰が浮かんでこられますか?」と周りの幾人かに問い掛けてみた。

予期した通り「へレンケラーですか・・・」と全員が答えられた。
そこでさらに
「そのへレンケラーが一生涯心の支えにした同じく目が不自由な人がいたことはご存知ですか? しかもその人は日本人なのです」
とお聞きしてみた。

ほとんどの方が
「えっ!その様な日本人がいたのですか? 知らなかったですね~」
と反応された。

 へレンケラーが尊敬し人生の目標にすら掲げ、いつも心の支えにしていたのは、ほかでもない塙 保己一(はなわ・ほきいち)その人である。
彼は江戸時代後期1746年に現在の埼玉県児玉郡児玉町に生まれ、7歳の時に病気で両眼を失明、12歳で頼りにしていた母親をも失う。
江戸に出てあんまで生計を立てようとしたが、今でいう落ちこぼれになり自殺を図る。
が、これらの試練を乗り越え、持ち前の粘りと記憶力の良さを武器に学問を積み重ね、国学者として日本文化の大文献集「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」を完成させた。

それは、実に666冊17,244枚にも及ぶ版木であり、何と41年間を費やし桜の板に一文字一文字彫りあげたものなのである。
その現物がいま重要文化財として東京渋谷の温故学会に保存されている。
もし保己一の存在がなければ、日本古来の文化・芸術を書き記したものや、秘伝として特定の人だけに封印されていたものが日の目を見ずにてんでバラバラになっていた可能性が極めて高かったのである。
学問や芸術を特権階級のものだけにさせず、身分や貧富を問わず、それを求める人が誰でも平等に手にすることができるようなったのは、保己一の功績に負うところが実に大きいのである。

 私は、障害者への教育ということを調べていた時、偶然「埼玉の偉人 塙保己一」という書物と出会った。
「世界に誇れるこの様な日本人がいたんだ!」というその最初の感動が、数年たったいまでも熱く続いているのである。

それだけ受けた感動が大きかったというべきだろう。
普通の人なら当然手にしていた色々なものが、突如彼の前から消え去った。
目が見えないことをはじめ、多くの「不足」を抱えながらも、自ら絶望の淵からはい上がり、常に希望をもち続けたこの偉人の生きざまは、時間と空間を越えて我々をいつも、そしていつまでも鼓舞してくれるものだと想う。

2.あるがままの自分を認める強さ

 塙保己一はなぜあそこまで希望をもち続け、強く生きることができたのであろうか?

保己一は、自分の不足や弱さを一つの事実としてあるがままに認める。
しかし、それを嘆くどころかそれに感謝
すらしている様子が、そこにくっきりと浮かび上がってくる。
「やればできる!」と自分の可能性を心の底から信じきる自己信頼、というものをもち続けていたのではないか。
さらには、学問をより多くの人に、そして後世まで伝えたいとし、「自分がやらずして誰がやる」という高い志(使命感)をもっていたものと感じるのである。
盲目は不自由なれど、不幸にあらず」という後進の歌が、保己一の心の在り様を如実に示しているように想う。

 今回のこの紀行の取り組みは、ともすれば失ったものや無いこと(もの)にのみ目がいき、有ること(もの)が見えにくくなっている自分を見つめ直すまたとない機会になったのである。

3.嘆きからは前向きな行動は生まれない

 塙保己一の歩んだ人生を深く知れば知るほどに、生かされている自分でありながら、ともすれば周りの環境に不平・不満・不安を言っている自分が見えてきた。
そして置かれた環境の「・・・しかない」という不足を嘆くのではなく、「・・・はないが」しかし「・・・も・・・もある」という充足に感謝する姿勢を体質化したいものだと考えるに至った。
嘆きからは落ち込むことしか生まれてこない。
しかし、感謝からはさらなる前向きな行動が生まれると信じて前進したいものである。

 逆境にも感謝する自分の姿勢を確立しさえすれば、いつもこころの平安は保たれるのではないだろうかとつくづく想えてくる。
そして、最近はそれこそが「無一文こそ無尽蔵」という禅の教えにもつながってくると強く感じるようになった。

4.客観的に自分を見つめればベストな行動ができる

 「不足を嘆かない」ことの大切さは、数年前とは比較にならない位、私の心の中に大きく広がった。
が、それを修行僧でもなく、百八つの煩悩をもつただの人間がどうしていけばいいのだろうか?

 そこでバランスを大事にすることに取り組んでみた。
具体的には、不足の嘆きが3つ湧き上がってきたら、必ず充足への感謝を3つ見つける
自分の弱さや惨めさが2つでたら、改めて強さや長所を2つ探す。
その逆もあり、おごりや傲慢が1つでれば、ためらわず1つ自分の至らない所をあげる。

 また、これまで通り、身近な師や友人と会話を通じて、客観的に自分のこころのあり方を浮かび上がらせ、常に不足⇔充足、強さ⇔弱さ、自信⇔謙虚さ等のバランスを大事にしていくことも継続していきたい。

 毎朝、鏡を活用して髪の毛のねぐせに気づきこれを丁寧に直すのと同じように、人からのアドバイスを謙虚に受け止めることで「こころのねぐせ」を意識し、常にベストな行動を!

 あなたご自身は何を感じられ、どのように進めておられますか?

5.前向きに進める言葉

  • 「『不足』を抱えながらも、自ら絶望の淵からはい上がり、常に希望をもつ」
  • 「自分の不足や弱さを事実として認め、嘆くどころかそれに感謝する」
  • 「盲目は不自由なれど、不幸にあらず」
  • 「『…しかない』 ⇒ 『…はないが、しかし…も…もある』」
  • 「無一文こそ無尽蔵」
  • 「不足⇔充足、強さ⇔弱さ、自信⇔謙虚さ等のバランスを大事に」
  • 「『こころのねぐせ』を意識し、常にベストな行動を」

6.自分を見つめる問い掛け

  1. あなたは不足や弱さにつぶされそうな時、どのように対処されておられますか?
  2. あなたは「こころのねぐせ」に気づきかれた時、どのように直しておられますか?

(2019年9月24日リライト)

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