こんな出来事が!
浮世絵界の巨匠、江戸時代を輝いて生きた葛飾北斎の展示会に足を運んだ。
海外で求められ世界各国に散った彼の作品。
それらを含め実に500点が一堂(東京国立博物館)に集められた。
日本に最初の里帰りとなるものもあり、100年に一度といわれる規模の圧巻の展示であった。
私は彼の一つ一つの作品もさることながら、その生き様にこころ奪われていた。
若くして絵筆を握り、90歳までの生涯(彼が生きた江戸後期の平均年齢50歳をはるかにしのぐ)で、3万点にものぼるという作品を残した。
その数の多さもさることながら、その間、人物画・風景画・風俗画・歴史画といった描く対象の広さや、版画や肉筆画等における作風の変化、120畳におよぶ大作もあれば米粒ほどの小さなものもあるというその多種多様さには目を見張るものがある。
変わったところでは30数回の改名、 93回の引越等々、ひとところに留まることを嫌う彼の個性が如実に浮かび上がる。
安住することをよしとせず、常に最高を目指し自ら変化を求めた生き様は圧巻だ。
彼はセザンヌやゴッホ、モネといった著名な芸術家に大きな影響を与えた。
この千年でもっとも偉大な業績を残した世界の100人の中に日本人で唯一選ばれる等、国内はもとより世界に知れ渡る第一級の人物なのである。
私の想い
北斎の偉業を深く知るに付け、死ぬまで描くことに挑み、生きた絵を表現することを願った彼の志が明確に浮かび上がる。
彼の言葉に「70歳以前に描いたものはとるに足りないものであり、90歳で奥義を極め、100歳で神業の域に達し、110歳になると描いた点や線が生きているように見え完成する」というものがある。
110歳まで生きることを願った彼の絵や人生への気概を感じずにはおれない実に深みのある言葉だ。
ここには、ライフワークというような言葉だけでは、到底表現しきれない凄まじさが伝わってくる。
「描くことがわが人生だ」と熱く語る彼の魂を感じたのである。
日々への影響
彼の壮絶な生き様をありありと感じる中で、今更ながら私をはじめ年齢のことを言い訳にしている人が多いように想うのである。
「年だから」「若くないから」逆に「まだまだ若いから」「経験がないから」等々。
北斎がこれらの言葉を聞いたらどのように想うだろうか?
やろうと感じた時が一番のスタートに適した時だと想う。
周りを気にし過ぎず、自らの可能性を信じて踏み出し、障害にくじけず突き進むことの大切さをしみじみ感じるのである。
生活・志事(仕事)の中での実践
今回北斎の生き様に、志を成し遂げるということ・年齢ということを深く見つめる機会を通じて、ある言葉がこころに大きく広がっていった。
それは「夢は逃げない、逃げるのはいつも自分」というものだ。
19歳で創業、37歳で最年少での一部上場を果たしたネクシーズ近藤太香己社長が語る熱いメッセージである。
「忙しい」「時間がない」と、人は言いいたくなる時があるのかもしれない。
しかし、我々一人ひとりには、何もしないでも翌日になれば24時間・1440分・86400秒という天からのプレゼントが贈られる。
それも命の続く限り毎日だ。このことも紛れもない事実である。
時間はある。ないのは我々一人ひとりの「これを成し遂げたい」というほとばしる情熱と創意工夫なのかもしれない。
有限の人生だからこそ、私たちは年齢などを言い訳の材料に使っている暇はないのである。
あなたご自身は何を感じ、何にとり組んでおられますか?
毎日の言葉
- 「安住することをよしとせず、常に最高を目指し自ら変化を求めた生き様」
- 「110歳まで生きることを願った絵や人生への気概」
- 「周りを気にし過ぎず、自らの可能性を信じ踏み出し、障害にくじけず突き進む」
- 「夢は逃げない、逃げるのはいつも自分」
- 「24時間・1440分・86400秒という天からのプレゼント」
- 「時間はある。ないのは我々一人ひとりの「これを成し遂げたい」というほとばしる情熱と創意工夫なのかもしれない」
- あなたは年齢を言い訳にしていませんか?
- あなたは一日24時間という天からの日々のプレゼントを得て、成し遂げたいと想うものは何でしょうか?