【講演会】
人前で話すのが苦手とよく聞く
私もその一人だった
仕事がら講演やコンサルの場面で
経営者をお相手に話すことも多い
なぜ変われたのか
それは一方的な話し
でなく
双方向の対話型だから
’講師が’正解という〈答え〉を押しつける場でいいのか
”聴く側が”自分の《応え》を決行する場へ転換— ふさぽ@経営者 (@future_support) February 4, 2026
人前で話すのが苦手だった私
経営者でありながら「話すこと」に抱えていた葛藤
私はこれまで数多くの講演や研修、コンサルティングの場に立たせていただきました。
しかし実を言いますと、もともと人前で話すことは得意ではありませんでした。
「え? 水野さんがですか?」
そう言われることもありますが、本当です。
経営者として決断を下すことには覚悟がありました。
数字と向き合うことも、組織の方向を示すことも、逃げたことはありません。
しかし――
「話す」となると、どこかに怖さがあったのです。
それは、間違ってはいけないという恐れでした。
講師として壇上に立つ以上、正しいことを言わなければならない。
期待を裏切ってはいけない。
“役に立つこと”を提供しなければならない。
この「正解を語らねばならない」という無意識のプレッシャーが、私を縛っていたのだと思います。
経営者は日々、決断を求められます。
「決める人」であることは間違いありません。
しかし、決断と“正解を語ること”は、実は別物です。
私はいつの間にか、「講師とは答えを持っている存在だ」という固定観念に囚われていました。
それが、話すことへの重さを生み出していたのです。
経営の世界に、唯一絶対の正解はありません。
それは頭では理解していたはずでした。
にもかかわらず、講演の場では“正解を提示する人”を演じようとしていた。
この矛盾こそが、私の葛藤の正体でした。
なぜ講演が怖かったのか
講演が怖かった理由。
それは、「失敗」ではありませんでした。
むしろ怖かったのは、
“届かないこと”でした。
どれだけ理論を語っても、
どれだけ事例を紹介しても、
聴いてくださる経営者の表情が動かない瞬間がある。
その時、私は内心こう思っていました。
「もっと正しいことを言わなければいけないのではないか」
「もっと役立つノウハウを提示しなければいけないのではないか」
つまり私は、“答えの質”を上げようとしていたのです。
しかし、ある時気づきました。
講演後に本当に印象に残る瞬間は、
私がうまく話せた時ではなく、
参加者が自ら何かを言葉にした瞬間だということに。
ある経営者が、対話の中でこう語られました。
「水野さん、正解を探していました。でも今、自分で決めなければいけないと腹に落ちました。」
その時、私は雷に打たれたような感覚を覚えました。
ああ、これだ。
講師が正解を示す場ではなく、
聴く側が“応え”を決行する場。
そこに立ち会えた時、場の空気が変わるのです。
私はようやく理解しました。
怖かったのは、話すことではない。
一方向で終わることだったのだと。
経営の現場でも同じです。
トップが完璧な答えを示しても、
社員が腹落ちしていなければ、組織は動きません。
その本質に、講演の場で私は気づかされたのです。
“正解を語る場”への違和感
講師が答えを押しつける構造の限界
私は長年、講演や研修の場に立ちながら、どこかに拭いきれない違和感を抱いていました。
それは――
「講師が正解を語る構造」そのものです。
壇上に立つ人が“答え”を持っている。
聴く側はそれを受け取る。
そして「なるほど」と頷く。
一見、きれいに成立している構図です。
しかし、その場を後にしたとき、
どれだけの人が本当に行動に移しているでしょうか。
正解を“知る”ことと、
自ら“決める”ことは、まったく別の次元です。
経営者であれば、なおさらです。
経営の現場には、模範解答は存在しません。
成功事例はあっても、自社にそのまま当てはまる保証はない。
業種も、規模も、人も、タイミングも、すべて違う。
それにもかかわらず、
講師が「これが正解です」と語る場は少なくありません。
私はある時、ふと自問しました。
「もし本当に正解があるのなら、なぜ世の中の経営課題はなくならないのだろうか?」
正解を提示することは、安心感を与えます。
しかし同時に、考える力を奪う危うさも持っています。
経営者は“決める人”です。
であるならば、他人の正解を受け取るだけで終わっていいはずがありません。
私は、自分自身がその構造の一部になっていないかを、真剣に問い直しました。
そして気づいたのです。
本当に価値があるのは、
講師が語る答えではなく、
その場で生まれる参加者自身の“応え”なのだと。
経営と講演に共通する一方向型の落とし穴
講演の場だけの話ではありません。
実はこの「正解を語る構造」は、
経営の現場にもそのまま存在しています。
トップが方針を決め、
トップが答えを示し、
トップが方向を語る。
もちろん、経営者は決める人です。
最終判断から逃げることはできません。
しかし――
決めることと、押しつけることは違う。
ここを履き違えた瞬間、組織は静かに止まり始めます。
私はこれまで多くの経営者の現場に立ち会ってきました。
そこでよく耳にするのが、こんな言葉です。
「社員が主体的に動かない」
「指示待ち体質になっている」
「なかなか当事者意識が育たない」
けれども私は、こう問い返します。
「その“答え”は、誰が出してきましたか?」
トップがすべてを示し、
最適解を語り、
迷いなく方向を示し続けた結果――
社員は「考えなくてよい状態」に慣れてしまう。
これは講演と同じ構造です。
正解を受け取る場に慣れた人は、
やがて自ら考えることをやめてしまう。
一方向型は効率的に見えます。
時間も短縮できる。
決断も早い。
しかし長期的に見れば、
思考停止という副作用を生みます。
経営は短距離走ではありません。
持続可能性が問われる世界です。
だからこそ私は思うのです。
リーダーの役割は、
答えを配ることではなく、
考える場をつくることではないか、と。
この気づきが、私の講演スタイルを大きく変えていくことになります。
転機は「双方向」への発想転換だった
対話型へ舵を切った理由
私の講演スタイルが大きく変わったのは、
ある種の“諦め”からでした。
「正解を語ろう」とすることを、やめたのです。
もちろん準備はします。
事例も持ち込みます。
理論も整理します。
しかし、それを“完成された答え”として提示するのではなく、
あくまで素材として扱うようにしました。
すると不思議なことが起きました。
場の空気が柔らかくなったのです。
私は壇上から語る存在ではなく、
同じ場で問いを共有する存在になりました。
問いを投げかける。
沈黙が生まれる。
誰かが口を開く。
その瞬間、場の主役が入れ替わる。
私はそこで確信しました。
これだ、と。
講演とは「教える場」ではなく、
考える場を共に創る場なのだと。
経営者の皆さんは、
日々孤独な決断をされています。
だからこそ、
外部の人間が正解を持ち込むことよりも、
自分の内側にある“応え”を引き出すほうが、
はるかに意味がある。
私は講師という立場を、
「答えを持つ人」から
「問いを磨く人」へと再定義しました。
この発想転換が、
私自身の怖さを消し去りました。
なぜなら、
正解を外さないように話す必要がなくなったからです。
代わりに大切になったのは、
場を信じること。
参加者の力を信じること。
そして何より、
経営者という存在を信じることでした。
聴く側が《応え》を決行する場づくりとは
では、「応え」を生む場とは何か。
それは、
参加者が“正解を探す時間”ではなく、
自分の立場で決める時間を持てる場です。
私は講演の中で、意図的に問いを残します。
「あなたならどう決めますか?」
「自社に置き換えると、どこから動きますか?」
「今この場で、何を一つ決めますか?」
すると、場の空気が変わります。
ノートを取る手が止まり、
視線が下がり、
思考が内側に向く。
その沈黙は、とても尊い時間です。
講師が話している時間よりも、
経営者が自分と向き合っている時間のほうが、
はるかに価値がある。
私はそう感じています。
そして、最後に必ず問います。
「今日の場で、あなたが“決行する応え”は何ですか?」
“応え”とは、
感想ではありません。
理解でもありません。
行動に移す決意です。
ここが決定的に違うのです。
「なるほど」で終わる講演は、
翌日には薄れていきます。
しかし、
「私はこれをやる」と決めた瞬間、
その場は経営の一部になります。
私は、講師として成功したいのではありません。
経営者が一歩踏み出す瞬間に立ち会いたいのです。
それが、私の目指す対話型の本質です。
“答え”ではなく“応え”が組織を動かす
経営に正解はないという現実
経営に、絶対的な正解はありません。
成功事例はあります。
理論もあります。
フレームワークもあります。
しかし、それらはあくまで“参考例”です。
同じ環境、同じ人材、同じタイミングは二度と訪れない。
だからこそ、他社の成功はそのままでは使えません。
にもかかわらず、私たちはつい「正解」を探してしまいます。
「この戦略で合っているのか」
「この人事は正しいのか」
「この投資は間違っていないか」
その不安は、経営者であれば誰しも抱えるものです。
私も例外ではありません。
しかし、ある時腹に落ちました。
経営とは“正解を当てるゲーム”ではない。
決めたことを正解にしていく営みなのだと。
ここが大きな分岐点です。
正解を探し続ける経営は、迷いが増えます。
応えを決める経営は、覚悟が生まれます。
この違いは、組織に如実に表れます。
トップが「これが正解だ」と断言しても、
どこか借り物の言葉であれば、社員は敏感に感じ取ります。
一方で、
「私はこう決めた」と語られる言葉には、
不思議と力が宿る。
それが“応え”です。
応えとは、
外から持ってきた答えではなく、
自分の腹から出てきた決意です。
経営者がその応えを持てるかどうか。
ここが組織の温度を左右します。
私は講演の場を通じて、
改めてこの本質を教えられました。
正解を示す人ではなく、
応えを引き出す人でありたい。
それは、経営写コンサルタントとしての私の原点にも通じています。
リーダーの役割は“応え”を引き出すこと
私は、経営者は「決める人」だと考えています。
しかし同時に、「引き出す人」でもあるべきだと感じています。
トップがすべての答えを持つ必要はありません。
むしろ、持とうとするほど組織は硬直します。
大切なのは、
社員一人ひとりの中にある“応え”を引き出すことです。
人は、自分で考え、自分で決めたことにしか本気になれません。
指示されたことは、やらされ感が残る。
自分で決めたことは、責任と覚悟が生まれる。
この差は、想像以上に大きい。
だからこそ私は、
経営の現場でも問いを大切にしています。
「どう思う?」
「あなたならどう動く?」
「何を決める?」
問いは、相手を信じている証です。
「お前にはまだ早い」と答えを渡してしまえば、
その瞬間に成長の機会を奪ってしまう。
私は三度、九死に一生を得る経験をしました。
その時に痛感したのは、人生は有限だということです。
だからこそ、
経営も人生も、他人の答えで生きるにはもったいない。
リーダーが変われば、場が変わる。
場が変われば、人が変わる。
人が変われば、組織が変わる。
その起点は、
“答え”ではなく“応え”です。
私は講演の場でも、コンサルティングの場でも、
この一点にこだわり続けています。
あなたは今、
どんな“応え”を決めていますか。
対話型リーダーが創る未来
経営者が変わると場が変わる
私はこれまで、多くの経営者の変化の瞬間に立ち会ってきました。
それは、劇的な戦略転換ではありません。
大きな資金調達でもありません。
ほんの一言です。
「よし、これでいこう。」
その言葉が、自分の腹から出た時、場の空気が変わります。
社員の目が変わる。
会議の質が変わる。
決断のスピードが変わる。
経営者が“答えを探す人”から、
“応えを決める人”へ変わった瞬間です。
私は、講演の場も同じだと思っています。
講師がうまく話すことよりも、
参加者が一つ決めることのほうが、
はるかに価値がある。
だから私は、双方向にこだわります。
対話は時間がかかります。
効率だけを見れば、非合理に映るかもしれません。
しかし、経営は効率だけで語れるものではない。
感情(こころ)と勘定(数字)、
両方を抱えながら進む営みです。
“答え”は頭に届きます。
“応え”は腹に落ちます。
腹に落ちた決断だけが、
組織を前に進めます。
私はこれからも、
正解を提示する講師ではなく、
応えを引き出す伴走者でありたい。
経営者の人生と事業は、表裏一体です。
その人生に寄り添いながら、
「あなたはどう決めますか」と問い続ける。
その問いに真剣に向き合う経営者が増えたとき、
日本の中小企業は、もっと強く、もっと温かくなると信じています。
あなたは今、
どんな“応え”を決行しますか。
「答え」から解き放たれた経営の可能性
「正解は何か?」と問い続ける経営は、
どこかで息苦しくなります。
常に間違ってはいけない。
常に成功しなければならない。
常に模範でなければならない。
この“正解思考”は、知らず知らずのうちに経営者自身を縛ります。
私もかつてそうでした。
講演では正しいことを語らねばならない。
経営では間違わない判断をしなければならない。
しかし、本当に強い経営者は、
正解を持っている人ではありません。
覚悟を持っている人です。
「これが正解かどうか」は未来に委ねられています。
けれど、「私はこう決めた」という応えは、今この瞬間に持てる。
ここに自由があります。
“答え”を求め続ける限り、
経営は他者基準になります。
“応え”を決めた瞬間、
経営は自分軸になります。
自分軸で決めた経営は、ブレにくい。
たとえ困難に直面しても、踏みとどまる力がある。
私は三度、九死に一生を得ました。
その経験から学んだのは、
人生も経営も、完璧な正解を待っている時間はないということです。
だからこそ、
「正解探し」から解き放たれることは、
経営者にとって大きな解放です。
答えがなくなるのではありません。
答えに縛られなくなるのです。
そのとき、経営は軽やかになります。
挑戦が怖くなくなります。
対話が増えます。
そして何より、
経営者自身の表情が変わります。
私は、
経営者が人生のチャンピオンになる瞬間を見たい。
その第一歩は、
“答え”から自由になること。
あなたは、
何から解き放たれますか。
