「おちる」
成績が… 腕が… 試験に…落ちる
20代の時
女性経営者から教えてもらった
「恋はするもの」じゃなく
『恋はおちるもの』
よく耳にするコノ定番ではなく
《事業にオチル』と語られた
あなたのOCHIRUは?
仕事に…推し活に…交流に…X に…
資格取得に…
ワタシ モチロン ネムリニオチルw— ふさぽ@経営者 (@future_support) December 22, 2025
「おちる」という言葉に込められた、もう一つの意味
「落ちる=悪いこと」という思い込み
「落ちる」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。
成績が落ちる、試験に落ちる、売上が落ちる――。多くの場合、この言葉にはネガティブな印象が付きまといます。
私たちは知らず知らずのうちに、
「落ちる=失敗」「落ちる=価値が下がる」
そんな等式を、当たり前のように受け入れてきたのかもしれません。
しかし、今回のXのポストを書きながら、私はふと立ち止まりました。
本当に「おちる」は、すべて悪いことなのか、と。
年齢を重ね、数多くの経営者やリーダーと向き合ってきた今だからこそ、
この言葉の“もう一つの顔”が、以前よりもはっきりと見えてきた気がしています。
恋に“おちる”という表現が示す本質
20代の頃、ある女性経営者と話をしていたときのことです。
その方が語られたのは、よく耳にする定番のフレーズ――
「恋におちる」という言葉、そのものではありませんでした。
ただ、話の流れの中で、
「恋は“する”ものじゃなく、“おちる”ものやろ?」
という、誰もが一度は聞いたことのある表現に、私は自然と意識を向けていました。
この「恋におちる」という言い回しは、不思議です。
努力や計画の話ではなく、
気づけば心が持っていかれている状態を、私たちは直感的に理解できる。
――その“空気”をつくったうえで、
彼女は、こう続けたのです。
「それと同じやねん。
事業も“おちる”ものやと思うで」
この一言に、私は強く感銘を受けました。
恋におちる、という定番フレーズがあったからこそ、
「事業におちる」という言葉が、単なる比喩ではなく、
一気に腹落ちしたのです。
もし、いきなり
「事業におちるんです」
と言われていたら、
「落ちる=失敗?」
と、意味がズレて伝わっていたかもしれません。
しかし、恋におちるという“共通言語”を経由したからこそ、
「おちる=自分の意思を超えて、心が深く入り込む状態」
という本質が、自然に伝わってきました。
事業計画や戦略、数字管理は、もちろん大切です。
ただ、それ以前に――
頭より先に、心がつかまれているかどうか。
止められても考えてしまう。
やらされ感ではなく、気づけば没頭している。
時間を忘れて向き合ってしまう。
この状態こそが、
彼女の言う「事業におちている」という感覚だったのだと、
今ならはっきり分かります。
「おちる」という言葉は、
失敗や転落を表すものではありません。
人が本来のエネルギーを解放する“スイッチ”なのだ――
私は、この一言から、そう受け取りました。
人は、理屈では動かない
頑張っても続かない理由
これまで、数多くの経営者やリーダーと向き合ってきました。
その中で、繰り返し耳にしてきた言葉があります。
「分かっているんです。でも、続かないんです」
戦略もある。計画もある。
やるべきことも、優先順位も、頭では理解している。
それでも、行動が止まる。習慣にならない。途中で息切れする。
私は、この状態を決して「意志が弱い」とは捉えていません。
問題は、努力や根性の不足ではなく、
そもそも“おちていない”状態で走ろうとしていることにあります。
理屈で動こうとすると、エネルギーは外部からの補給になります。
義務感、評価、ノルマ、危機感。
これらは短期的には人を動かしますが、長続きはしません。
一方で、心が動いたとき――
人は、頑張っている感覚すら持たずに動き続けます。
やらされているのではなく、やってしまう。
この違いは、想像以上に大きいのです。
心が先に動いた瞬間のエネルギー
「おちている」状態の人には、共通点があります。
それは、行動の源泉が“内側”にあることです。
誰かに言われたからではない。
評価されたいからでもない。
気づけば、考えている。手が動いている。次を試している。
このエネルギーは、管理や指示では生まれません。
また、外から与え続けることもできない。
経営の現場でも同じです。
社員に「もっと主体的に」と求める前に、
経営者自身が、何におちているのか。
その姿勢は、言葉以上に組織へ伝わっていきます。
人は、理屈で納得したときよりも、
誰かの“本気の背中”を見たときに、心を動かされる。
経営とは、管理の技術である以前に、
エネルギーの伝播なのだと、私は感じています。
「事業におちる」人が、結果を出し続ける理由
管理や根性論では生まれない成果
経営の現場では、どうしても
「管理を強化すれば成果が出る」
「もっと本気度を上げれば数字は伸びる」
そんな発想に寄りがちです。
もちろん、管理も大切ですし、粘り強さも必要です。
ただ、それだけで成果が出続けるほど、経営は単純ではありません。
私が多くの経営者を見てきて感じるのは、
結果を出し続けている人ほど、管理や根性を前面に出していない
という事実です。
彼らは、誰かに言われたから動いているわけではない。
「やらねばならない」よりも先に、
「気になって仕方がない」状態に入っている。
数字を追いながらも、
現場の声や顧客の反応に自然と目が向く。
問題が起きれば、責任感ではなく、好奇心で向き合う。
ここに、管理や根性論では生まれない成果の源泉があります。
経営者としての“のめり込み方”の違い
「事業におちている」経営者は、
決して視野が狭いわけではありません。
むしろ、全体を俯瞰しながら、
自分が深く関わるべきポイントを、感覚的に掴んでいます。
面白いのは、
同じ環境、同じ市場、同じ条件であっても、
成果に差が出る理由が、能力や知識の差ではないことです。
違いは、“のめり込み方”。
うまくいっている経営者は、
事業を「管理対象」としてだけ見ていません。
自分の人生や価値観と、どこかで重ね合わせている。
だからこそ、判断にブレが少ない。
短期の数字に振り回されすぎない。
そして、周囲からの信頼も自然と集まってくる。
事業におちるとは、
寝食を忘れて働くことではありません。
自分の意思や価値観と、事業が深く結びついている状態。
この感覚を持てたとき、
成果は「追いかけるもの」ではなく、
「あとからついてくるもの」に変わっていくのだと、
私は感じています。
仕事・推し活・学び…あなたは何にOCHIRUのか
行動が止まらなくなる対象の正体
ここまで読み進めてこられた方は、
「おちる」という言葉の意味が、少しずつ変わってきているかもしれません。
では、ここで一度、
ご自身に問いを向けてみてください。
あなたは今、何におちているでしょうか。
仕事かもしれません。
誰かの活動や生き方、いわゆる“推し活”かもしれない。
資格取得や学び、地域活動、人との交流。
あるいは、Xの発信そのもの、という方もおられるでしょう。
共通しているのは、
誰に言われなくても、つい時間を使ってしまう対象です。
疲れているはずなのに、気づけば調べている。
忙しいのに、なぜか後回しにならない。
やめようと思っても、頭から離れない。
そこには、「やらねばならない」は存在しません。
あるのは、「やってしまう」という感覚です。
時間を忘れる瞬間にあるヒント
経営者の方と話していると、
「時間がない」という言葉をよく耳にします。
確かに、経営者ほど多忙な立場はありません。
しかし不思議なことに、
人は“おちていること”に対しては、
時間をつくるのです。
忙しい合間を縫ってでも、考える。
移動中でも、メモを取る。
寝る直前まで、頭が動いている。
これは、努力ではありません。
意思の力でもありません。
心が、勝手に動いている状態です。
もし今、
「自分には、そんなものはない」
そう感じたとしたら、焦る必要はありません。
大切なのは、
成果や役割から探そうとしないこと。
肩書きや立場を外して、
「何に心が反応するのか」を、丁寧に見つめることです。
おちる対象は、
最初から“仕事”である必要はありません。
ただ、その感覚を大切にしていくと、
やがて仕事や事業とも、静かにつながっていきます。
おちる対象が変わると、人生の質が変わる
志事(しごと)としての仕事観
ここまで読み進めていただき、
「おちる」という言葉が、
失敗や挫折を表すものではなく、
人生のエネルギー源として立ち上がってきているのではないでしょうか。
私がよく使う言葉に、
「仕事」ではなく「志事(しごと)」という表現があります。
生活のためにやる仕事。
役割として果たす仕事。
もちろん、それらも大切です。
ただ、そこに
「なぜか気になってしまう」
「放っておけない」
「関わり続けたい」
そんな感覚が重なったとき、
仕事は“志事”へと変わっていきます。
これは、無理につくるものではありません。
どこかで、自然と“おちている”状態があるかどうか。
その違いが、仕事に向かう姿勢や、人生の手触りを変えていきます。
経営者人生を支える“軸”の見つけ方
経営者は、常に決断を求められます。
正解が見えない中で、選び続けなければならない。
だからこそ、外部環境や数字だけに頼ると、心が消耗していきます。
そんなときに支えになるのが、
「自分は何におちているのか」という軸です。
この軸がある経営者は、
迷いながらも、立ち戻る場所を持っています。
短期的な成果に一喜一憂しすぎず、
自分なりの判断基準で、前に進める。
私は、経営者人生とは、
事業を成功させるだけのものではなく、
「どう生きたか」が問われる時間だと感じています。
何に心が動き、
何におち、
誰と、どんな未来をつくりたいのか。
その問いに向き合い続けること自体が、
経営者としての深みを育て、
結果として、周囲の共感や信頼につながっていく。
このブログが、
あなた自身の「OCHIRU」を見つめ直す、
一つのきっかけになれば幸いです。
