後継者インタビュー

東日本大震災、被災地(福島・宮城)を訪ねて

5月、時間は経過しても変わらない現実──。今回被災地(福島・宮城)の現場・現状に触れて参りました。訪問企業さまでの、ボランティア先での、街の皆さんの…その声をそのままお伝えいたします。
──私たちが今出来ることは・・・自問自答の日々です。

1)被災された企業経営者・組織のリーダーの方々から伺った声

・ 「被害額は500万であったが、直後に届けられた支援物資や励ましの声の数々に本当に助けられました。」

・ 「津波で車や家がすぐそこまで流されてきて恐怖を感じた。しかし、奇跡的に事務所と自宅の両方が被害から免れられました。」

・ 「直接的な被害は少なかったが、売り上げが急激に落ち込み今後が不安。でも皆が前向きなので、絶対復興できると信じています!」

2)原発から24km南相馬市(福島県)の緊急時避難準備区域の方々から伺った声

・ 「この辺りは津波被害と原発被害のダブルパンチ。ただ、20km圏内で警戒区域として立入り禁止が出ている小高区や浪江町の方はさらに大変。」

・「被災後一番変わったこと。それは町に人がいなくなったことです。」

・「単に原発からの距離だけではなく、強い東風の影響で、西に位置する飯舘町や福島市街等に放射線が多く流れていて、線量値(マイクロシーベルト)も高い。不安が募ります。」
・「放射線という“見えない”恐怖と闘わないといけないことが辛いです。ガスのように臭いや色を付け、存在を感じることが出来るものにならないのでしょうか。」

3)ボランティアを通じて触れ合った方々から伺った声

・「家がなくなったという現実が、しばらくの間受け止められませんでした。」

・「私は地元福島の相馬出身なので、街の復興を願いボランティアをしています。県外から200人を超える方々が毎日ボランティアに来ていただけるのは、本当に勇気づけられます。ありがとうございます!」

・「自分の家は高台にあったので難を逃れたが、同じ小学校に通った友達の家族が大勢亡くなったり、未だに発見されていない。何と声を掛けていいのかわかりません。」

・「(昨日のボランティアリーダーの段取りや指示の出し方に愚痴をこぼす40代の人に対して、その方の肩に手を回しながら)リーダーのやり方に色々と違いを感じる面はあるかもしれないけど、誰もが一生懸命やっているのは間違いがないから・・・。ある意味では諭す20代前半の若者。」

4)水野が直接触れ合って感じたこと

現地は大変な状況が続く中、譲り合い・助け合い・励まし合いながら、必死になって復興に取り組んでいる現実を目の当たりにした。その様な中で、自分に何ができるのか、何をすることによってお役に立てるのか!
もちろん、現地に行くことだけが支援でもボランティアではない。見た光景・聴いた言葉・感じた感覚を、より多くの人に伝え、現場本位でお役に立てることをさらに継続するのみ

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