事例体験から学びたい!

甘い判断が、病気治療のリスクを増大させる!

こんな出来事が!

今年は私の人生にとって46回目の新年となった。

年末に済ませておくことも徐々にパターン化が進み、いつにも増して穏やかな年始を迎えることができるだろうと思っていた。

しかし、「好事魔多し」という戒めがある通り、この思惑ははかなく消えていった。

10ヶ月ほど前から気付いていた右肩の出来物が、急に赤みを帯びジンジンと疼(うず)き出したのだ。

皮膚に直径3㎝程のしこりができコブのように膨らんでいたが、まったく痛みがなく放っておいた箇所である。

ところが日に日にその痛みが増し、まるで呼吸や心臓の鼓動と連動して、痛みが共鳴しているかの様であった。

慌てて病院に駆け込むと、これまで聞いたこともない粉瘤(ふんりゅう・アテローム)という皮膚の病気だった。

ドクターによると誰でも一度くらいは経験する、皮膚病としては一般的なものらしい。

特徴的なのは発症しても当初まったく痛みはないが、何かの菌に感染すると強い痛みが襲ってくる点である。

しかも、対処療法で患部の膿(うみ)等を除去しても、根本(対因)治療をしないと再発が必至とのことで、大変驚き慌てたのであった。

私の想い

多くの友人にこの失敗談を話すと、「粉瘤」という言葉の知名度の低さ(多くの人はこの病名を知らない)とは裏腹に、この病気に罹(かか)った人の事例を多く聞くことができた。

私はこれまで皮膚の病気にかかったことがなかったとは言え、知らないことがいかに多いのかを感じたものだ。

もちろんどの分野においても、全ての知識をもつことは不可能かもしれないが——。

私は今回、病気を知らなかったことではなく、病気に対する意識がまだまだ低いことに我ながらあきれたのである。

リスクを放って置き、最低限の初期対応すらできていない自分を改めて見つめなおした。

 「これ位いけるだろう・・・痛みもないし」
 「前も同じ様なのが(実際は違ったのだが)できたけど、治ったから問題ない」
 「時間がある時に、ついでに見てもらおう」

等、安易な気持ちがあったのも事実である。

過信や溜め込み(後回し)癖といった私自身のもろさが際立って見えてきたのである。

日々への影響

 われわれリーダーは全てのことに知識や経験を兼ね備えていればいいのかも知れない。しかし、それは本来無理なことで、知識だけを求めるのではなく、むしろ意識を高めることでリスクを軽減することは可能なのではないだろうか。

ここで大切なことは、リーダーであれば、リスクと直感するものは当然リスク回避すべく行動する。

しかし、本人の意識が低いと、リスクがリスクに見えないのである。

言葉を変えれば、「危ないですよ」というアラームと共に、本人の目の前にリスクが来れば誰しも注意を払うだろう。

本人にとって後で最大のリスクになってしまうものであっても、意識が低いとその足音さえも感じることなくリスクは迫ってくるという点だ。

生活・志(仕)事の中での実践

私にとって、今年の正月は痛みがあったという点では、散々なものだったかもしれない。しかし、真のリスクは何か、それはどのようにしてやってくるのか、ということが実際に痛みを伴って実感できたという点では、最上の正月だったようにも思えるのだ。

病気に罹ったり事故に遭うリスクは、誰にも等しく襲ってくるのかもしれない。しかし、病気や事故で仕事や現場を離れるリスクはその人の意識次第で大きくも小さくにもなることを、実感した出来事であった。

病気そのものがリスクではなく、病気への甘い判断こそがリスクなのであるという事も身をもって覚ったということだ。

今回の件では「粉瑠」を早期処置しておけばという残念さは残るが、リスクへの対応という点では健康という視点に留まらず、人生という視点でも大きな学びを得たように思う。

あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?

毎日の言葉

  • 「好事魔多し」
  • 「何事も対処療法ではなく、根本(対因)治療をしないと再発が必至」
  • 「過信や溜め込み(後回し)癖」
  • 「大きなリスクであっても、本人の意識が低いとそれはリスクには見えない」
  • 「病気そのものがリスクではなく、病気への甘い判断こそがリスクなのだ」
水野秀則

  1. あなたは身体の異変に対して、どの様に初期対応しておられますか?
  2. あなたの「好事魔多し」の体験は、どの様なことですか?

(2019年7月20日リライト)

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